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布教劇 「終わらない 般若心経」

    ・・いのちは何処から来て 何処へいくんやろ・・・

高野山真言宗大阪宗務支所

特別伝道プロジェクトチーム チーム「nana」制作

2005.11.24        大阪厚生年金芸術ホール

 

2005/11/04 

 

配役 住職 萩山祥光(お参りカバン 数珠 経本 改良服)

   留五郎 遺影(実際に制作)

作・構成 松尾光明

映像 田中裕心 ナレーション 谷本正美

 

舞台 畳敷きの六畳の間 客席に向いて 経机 リン 木魚 座布団 エンディングノート 色々な物を置く(カンニング用)

お供え台(仏壇の代わり) 仏花 ローソク立て 香呂 お供物(季節のモノ・留五郎さんの好きなモノ) お茶 バターロール イチゴ 牛乳

   後ろに書き割り 和室の雰囲気 畳 タンス (随時 都合によっては最小限でいい)等

     映像をはめ込み スクリーン使用 留五郎遺影  

高野山真言宗金剛流合唱団 御詠歌 童謡 演歌 

パンフレットに本の出典を掲載する 鎌田 大下 仏教の生活 他

 

 

 

緞帳降りています 舞台中央にはセット スクリーン降りてます

1328

金剛流合唱団 花道左右にスタンバイ

1330

金剛流合唱団に照明 詠頭がきっかけ(本人判断)で「ふるさと」唄いだす

1335分「ふるさと」終わりで

舞台下手より 松尾登場 スタンドマイク使用  金剛流合唱団下がる 布教劇のアレコレ喋る 7

1342

松尾が下がって 緞帳が上がる 舞台にはスクリーンが降りている

映像(田中) ナレーション(谷本正美 録音済み) この世に初めて・・・

 

 

スクリーン

 

この世に初めて生命が誕生し やがて 生命が亡くなることが初めておきました

 

小さくても大きくても 複雑でも長くても 生命には限りがあります

 

形有るモノは 壊れ 消えていきます

 

「今 医療の現場では いのち がテーマです 当然昔から生命がテーマです 生命をいかに長生きさせ 病気を治せるか 技術と研究が主流でした 今もそうです でも いのちは 長く生きる 何としても生かす というより その人らしく 納得して いのちをつなげる いのちを輝かせる 死が終わりではない 後にメッセージが残る死 あの世に繋げる死 この方面にも焦点が当たってきました 」

 

 

「では 生命 いのち について 仏教ではどうなんでしょう? 真言宗ではどうなんでしょう? 今回は 真言宗おおさか として これに取り組んでみました 」

 

 

 

舞台始まる

 

松本家の月参り 住職がやってくる(上手)

(一人芝居)玄関でおばあちゃんと挨拶 二言三言  そこへ松本家に電話・・ ルルルルルル

「はい ・・・」

おばあちゃんが急なことで 出かけることに

住職が一人で仏壇の前 話しはそこから始まる

 

 

住職

「一人になったけれど まぁとりあえずお勤めさせてもらおか」

(お勤めの準備始める ローソクに点火・線香つける(仕草だけ) 鞄から眼鏡を出してかける ・最近老眼でかなわんな・・・)

数珠を摺りながら

「そやけど 何か一人も寂しいな いつも 留五郎さんがしてたように 般若心経から始めよか」 

チーーン!

「仏説・・・・・・・」 読み進む 木魚をたたく

観自在菩薩 行深般若・・

・・・・・・・・・

・・・受想行識 亦復如是・・

途中で 正面の飾りが気になり出す 木魚止まる 見とれながら ゆっくりと喋る

 

いつも綺麗に祀ったぁるな うーーん 見事やね

整然と整えてるのがええね お花なんか どうや ええ 季節感があるな

最近くくって売ってる花も 花屋さん工夫してくれてるけど あまり季節感がない なっ ちゃんと選んだ花 うんうん

春には春の花 夏は夏 秋には秋の花 その心配りが嬉しいよな

 

チーーン

「仏説・・・・・・・」 読み進む 木魚をたたく

観自在菩薩 行深般若・・

・・・・・・・・・

・・・受想行識 亦復如是・

途中で 香呂が気になり出す 木魚止まる 見とれながら ゆっくりと喋る

なぁ 息子さんや 偉いな   香呂取り上げる仕草

この灰の綺麗なこと 線香立ての灰が綺麗がな

シュッと線香が立って 枯れた花がらや マッチの軸なんか入ってない

ようあるもんな 線香立てへん香呂 堅い堅い 灰がカチカチや 自分も困る思うけれど そんな家はお勤めしてないな あらあかん 

線香立てでわかるな その家のことが なっ騙されへんで

 

チーーン!

「仏説・・・・・・・」 読み進む 木魚をたたく

観自在菩薩 行深般若・・

・・・・・・・・・

・・・受想行識 亦復如是・・

経机の周辺が気になり出す 

 

おっ! これは留五郎さん愛用の経本(経机の上の小さな経本取り上げる)

四国遍路行くときにずっと持ってた

息子さん お父さんからもろた言うてはったやつやな

 

今朝はおばあちゃんこれ出してきて拝んだんやな なるほど 松本家にとって この経本は代々伝わって行きそうやな

おっ 猫や 留五郎さんが可愛がってたチビか あんたも寂しなったな 猫も気配でわかるわな 

 

チーーン!

「仏説・・・・・・・」 読み進む 木魚をたたく

観自在菩薩 行深般若・・

・・・・・・・・・

・・・受想行識 亦復如是・・

 

 

お経を 少し 読んだり 止まったり

取り上げてみたり 別のを見たり

 

うん? 何やその他にも仰山出てるで (少しゴソゴソと見る)

おっ! これは 留五郎さんの

旅立ちノートや 別名エンディングノート 自分がもしもの時のために色々と書き留めておくんや 遺言でもあるよな 病院での処置や延命治療 葬式の仕方とか 納骨 案内する知り合い一覧 案内して欲しくない一覧 財産 権利も大切なこと

そんな色々なことを書き留めておくノート

今は手に入り安なったけれど 

留さんは 自分で作っていったんや

 

お葬式の時に見せてもろた

このノートには驚いた

 

住職 仏壇に向かって話しかける 眼鏡はずす

 

留五郎さん

いつもは誰かおるから 言うことでけへんかったけれど

いっぺん 言いたかった

あんたは凄かったな 凄いという言葉しか見あたらん

凄いという字も凄いけれどな にすいに妻(空中に書いてみる) ええ 何でやろな

 

あんたは 晩年 自分の死 考えてはりましたな

70歳からや 偉かったで 私の方が感心したは 

寺の住職でも 口に出して言うのがしんどいのに あんたは言うてた

自分が死ぬときのために 準備せなあかん いのちをつなぐ 言うて

いのちをつなぐ その言葉には驚きもしたし 感心もした

あんたの年代では 素晴らしいことやった

歳取るほどに お葬式や 自分が死ぬこと 考えるようになると 暗くなっていくのが当たり前やのに あんたは 向かっていったな

死は避けて通れないものから 人生の一部と考えたんやね

生きがい作り研究会で聞いてきた「人生の逆算」 この言葉に感じいってた 

それで 書いたんが この旅立ちノート

 

そのきっかけは 昔からの友達 (かど)の家のじんべぇさんが 病に倒れたときからやった

五つ上やったけれど 何や気がおうて 若いときからの仲良し

そのじんべぇさんの 突然の入院 検察結果 末期ガンで余命半年 

 

すぐに 病院に見舞いに行って 最初は面会できずで 奥さんから話を聞いて

とりあえずは帰ってきて 次の日も 又 行ったな

じんべぇさんに会えるまで 検査 検査やったからな

ようやく 三日目やったかに会えて あんた泣いたそうやな

じんべぇさん まだ死んでないのに あんた泣いたゆうて じんべぇさんの奥さん言うてはった

じんべぇさんも びっくりしたやろ 何で泣いてんねん 

死んだらあかん 死んだらあかん 言うて まだ死ぬも何も決まってないときに

廻りがはらはらしてたそうやで

 

 

病院から 帰ってきてから

家で あんた いのち いのち 言うてたそうやな

最初何を言うてるのやろと思たら いのちが無くなる 言うてた

あんたの親が死んだのは 20年前 その時は いのち のことはあまり思わなかった

せやけど 自分も歳や 人は 死ぬんや と思た て 言うてたな

いのちが無くなる と言うてた

 

ワシのいのちも無くなる 当然ワシのいのちもいつか無くなるんや とも言うてた

 

じんべぇさんの いのちは 何処へ行くんや 何処行くんやろう 言うて 

 

 

(しんみりと)いのちは 何処から来て 何処へ行くんやろうな

 

 

こんな言葉が出たのも 

よっぽど 応えたんやろな まさか そんなことはない と 思いながらも

ショックやったんやろな いつもいつも 仲良うしてたから 

 

それから半年 じんべぇさんは医者の言う通り 余命半年やった

あんた 葬式一生懸命手伝うて 

皆をとりまとめて 段取りのええ事 よう動くは 

あんたがおらな 葬式でけへん 近所は頼りにしてたな

お骨あげすんで 皆でご飯食べて やっと 終わって

それから あんたは寝込んだな 

 

身体よりも 心の疲れかな 腑抜けみたいになって 

ご飯はあまり食べられへん 好きな酒も飲まん 

そやのに 何やノート買ってきてもろて ぶつぶつ言いながら

毎日毎日 何や書いてたそうやないか

復帰せぇへんのと違うかと 思たは 

日ごろが元気やから どないなるかと思たで

ほんまの所 今やから言うけれど 皆で噂してたんやで 

次は留さんか・・ 言うて

ほなら 誰が葬式段取りするね 言うて 

ええ 不謹慎やけれど それくらいあんたは疲れてた

 

四十九日という期間は不思議な時間やな そう思た

じんべぇさんの四十九日 その日にはあんたは 復帰した しかも 強くなって 帰ってきた

あんたと四十九日は関係ないのに じんべぇさんが四十九日や あんたは 別にそれに合わさんでええのに 

ええ 何や 生き帰ったような 復活やな まさに

前よりも パワーアップして 見事な復活 

 

なぁ それからや 

 

自分の葬式 自分が死ぬことの準備をし出したんは 

旅立ちノートいうのん 作って 自分の最後を支度する言うて

自分の死を できるかどうか わからんけれど 意識して生きてみようと思う 

ええ 凄いこと言うたな それをノートに書き留めて

何かあったら これを見てくれ 

 

きっかけは

じんべぇさんが病に倒れて 入院して 身体が思うようにならんで 何にも準備ができなかった

末期ガンを宣告されたが 本人は知らされず 最後の時間に空白ができた

人生の締めくくりをしたかったんとちがうやろか

伝えたいことがあったんとちがうやろか

思い残すことが イッパイあったんやろな と 

あんたは じんべぇさんが亡くなりはってから ずっとそんなこと呟いてたな

 

元気な頃に わしの葬式は 家族の思うようにしてくれ と言うたそうな

考えようによったら 家族への思いやりとも取れるが 実際はそれが一番難しい

これこれこういう風にして欲しい せめて 一言でもあると助かるし 送る側として納得ができる

 

家族はいつまでも あれでよかったかと思う 判断基準がないというのは 自由であるが 不便であるモノ

故人の遺志に添ってしてあげたいと 遺族は思うモノ

本人はどんなことを望んでいたのか これでよかったのか ずっと心に引っかかっていく

 

それに気が付いて 今の思いを伝えておこう そのために書き残そうと・・・

あんたは それを実行しようと思たわけや

 

  金剛流合唱団花道にスタンバイ

 

まず 最初は

大きな箱を用意して 箱の横に赤のマジックで 旅立ちの箱と書いてタンスの上においた

いろんなモノをこの中に入れとくから言うて

最初に入れたのが 着ていくモノ 四国遍路に行ったときの おいづる 六文銭 ずた袋 これはすぐに決まった  

その次が 自分の遺影

これは悩んだそうやな 奥さんから聞いたで 何日もかかって 考えて考えて どうも一番気に入ったのが 還暦の時の写真 10年前 お気に入りなんやけれど ちょっと若い

これでは皆に 詐欺やと言われそうな写真やから 悩んで しばらくしたら 写真屋さんに行ったそうやな 何や 散髪屋行く言うて 帰ってきたら背広に着替えて 何処行くんや 思たら 三日後に写真できる言うて ええ それがこの 仏壇の上にかかってる 凛々しい姿やな いや これはええ写真やで わしもお通夜の時に感心した いつ何処でて聞いたら 奥さんが 実は写真屋さんで なるほどと

 

それから 葬儀屋も選んだそうやな お通夜のご飯 香典返し 色々と

お通夜の会食は いつもの寿司屋 ずっと世話になっていた 何かあったらいつもその店やったからいうことで これは妥当やな

それから あんたは御詠歌に希望出したな

お通夜の始まる音楽 これは「追弔和讃」しんみりしててええもんや 

※金剛流合唱団

14??

金剛流合唱団花道で 追弔和讃 ライト当てる 住職のライト少し絞る 

金剛流合唱団 終わり次第下がる 住職のライト元に戻す 住職話し始める

 

 

香典返しは難しかったんやろな 色々考えて 思いつかんかったんか 記載無しになってたな これは あんた決めん方がよかったやろな とんでもないこと言いそうやからな

 

それより もっと凄かったのは 知らせて欲しい人の一覧と 知らせて欲しくない人の一覧 が書いてあったこと 知らせて欲しい人はわかるけれど 

この知らせて欲しくない人はどないしたらええのか 家族困ってたで 

 

挨拶状の文面も書いたんやて そやけど 自分で書くかな そんなんも

 

手紙もたくさん書いたな 家族には一人ずつ まずは奥さんに 次は長男明に 次は嫁の真由美さんに 最後は孫一同に

それぞれ 便せん一枚 正月が来ると 毎年新しく書き直したと書いてあった このことは家族誰も知らんうちやな 

そんな筆まめやったかいな と 思たで

 

この家族それぞれへの手紙では 

想い出がたくさん 書いてあったそうやな 

 

これも凄いのは 先に亡くなった 親にも 手紙とおみやげ作ったそうやないか ええ 凄いこと考えたな おみやげやて それも袋にイッパイ 感心したは

この二つの手紙は 亡くなってしばらくして 家族が見たんや

 

わし宛にもたくさん書いたな

 

お通夜の説経でも リクエストや 必ずこれを言うて欲しい 

土居耕花作の川柳「次の世が あったら 妻よ また逢おう」(繰り返す)

涙もろい私のこと知って こんな詩読ますやろ

あんた ほんまに思てたんか 見栄とちゃうやろな 奥さんボロボロに泣いてたで お通夜の時

 

家族宛の手紙以外は 皆で棺桶に収めたで そっちで 親と親しく話ししてるか? 親喜んでるやろ

 

 

そやけど 留五郎さん 

あんたは よっぽど じんべぇさんと 仲良しやな

じんべぇさんの七回忌の法事の後 気分悪い言うて

同じ病院に入院して そんなこと付き合わいでええのに 

奥さんも びっくりしたて 

 

すぐに私が見舞い行ったら あんたは 普通やったな 何か見た感じ なるようになるやろ

そんな顔してたな 

一言「住職 まだ あんたは 早い」「迎えはもっと後」 と ようそんなこと言うたな 折角行ってるのに

今度は 院主 衣で見舞いに来てなやて 殺生やで かまへんけれど 他の人が見たら 何かええ気持ちはせんやろなと思うがな

 

そやけど 早かったな 一月もたたんうちに あんたシュッと逝ってもうた

 

四十九日の法事の後で  息子さんから書いたモノもろたで 

病院で 家族だけの時に あんた 家族にお願いがある言うたらしいな

便せんに一生懸命書いたんやろな それを明さんが わしに読んでくれ言うて

 

それを書いたモノくれはった

(紙見て読む)

 

親のない子はない みんな子や 子供や

何歳になっても 80でも子供 親がおって 自分がある 

親・先祖 これなかったら 今の自分はない 何と有り難いことやと 感じた

 

でも 親・先祖だけやない 綺麗な水 綺麗な空気 食べ物も 家も 町や国 隣近所 着ている服 履いてる靴 当たり前のようなモノすべてが 何と有り難い 

 

ようやくわかった 今の今まで 申し訳ないことばかりしてきた 何という恩知らずの子やったかと あらためて 悔いた 

 

うちの寺の住職が いのちを大事に言うてたことがようやくわかった

いのちとは 魂や 魂を大切に 

心臓が動いているだけの命と違うて つながってきている 目に見えないいのちを大事に

そのいのちのことや ドクドクと動いている命ももちろん大切 でも もっと長い長い 果てしない年月に渡って 伝わってきている いのち まさに仏のいのちや 仏様のいのちや

このいのちから 私たちは贈り物をされ 優しさを学び 生きる勇気も貰った

これに感謝していく 日々の暮らしとは お礼を言い続ける暮らしやな

今まではそんなことが ようわからんかった 遅すぎたけれど やっと気づかせてもろた これが有り難い

この仏のいのちをつなげて欲しい 伝えて欲しい 広げて欲しい

 

 

お願いがある

一つは

おかあちゃんも 明も 真由美さんも 孫達も

いのちを大切にして欲しい いのちに感謝した暮らしをしてくれ

 

それは まず 時間を大切にすること いつまでも時間はないぞ 

いつか 後で そのうち・・・

そんなこと言うてたら 何もできずに ああ もうお迎えや になる

ほんまやで 時間はないと思え 時間がないなと感じたら時間は作れ 作ってみたら何ぼでも時間はある 

 

人を大切にしような 会う人皆が敵や無い 会う人皆 仏様や 生き仏様やと思え

自分のために何かを言うてくれてる

支えてくれている人たちやと思いや

嫌いな人もいてるやろ 気にいらん人 合わない人 

何かを伝えようとしてくれてるのやで

 

 

食事を頂くときは感謝して

寺の住職が教えてくれた

小学生の子供の詩や

「今日 僕は 魚を食べました 魚の人生も食べました」

凄い言葉や 魚の人生を食べました 

魚だけやない 白菜の 大根の お米の 牛さんの 豚さんの 人生を頂いてるんや

必要以上に食事にこだわらんように ほどほどに

 

それから 家の台所の柱に貼ってある言葉が有るやろ

「この秋は 雨か嵐か 知らねども 今日の勤めに 田の草を抜く」(繰り返す)

先の心配ばかりしていても、状態がよくなっていくわけではない。肝心なことは、先の結果より、今せねばならないことを与えられた勤めを、いかにちゃんとできるか。今ここを一心に生きること。そういう意味の言葉が貼ってあるから、たまには思い出してみて欲しい。

 

最後に仏壇

あの仏壇に祀られている 親たち 即ち先祖がおってくれたからこそ 今いのちがある 有り難いことや そやから 先祖に感謝して あんじょう祀って欲しい

お墓も いつものように 掃除だけではなく 話しをしにいって 先祖と話しをしてきてな 日頃の報告でええから

 

そして 次の世に 渡して欲しい 一人でも多くの人の手にいのちを渡して欲しい

いのちを磨いて 魂を輝かせて それがお大師様の教えやで 真言宗やで 

 

ありがたい ありがたい いのちを つなげて欲しい

手から手へいのちをな 手から手へいのちを

 

素晴らしいお願いやな 明さん泣けて 読みにくかった言うて・・

 

それから一週間 あんた 少し様態が悪なって 意識が薄れてた

そしたら 亡くなる二日前に 奥さんに

ぽつっと お釈迦様の話をしたそうやな

奈良に行ったときに お寺で聞いた話やそうや

 

お釈迦様が亡くなられたときの様子を描いた涅槃図には

お釈迦様のお母さんが 雲に乗って迎えに来てはるように描かれてるそうやな

子供の臨終には 親が迎えに来てくれるんかもしれん

久しぶりに親に会えるかと思うと 何や 嬉しいような 照れくさいような・・

 

その言葉が 最後やったそうなな

 

その夜 安らかな顔で旅立った

 

 

 

 

留五郎さん

心配せんでええ 家族みんな 一生懸命生きてるで

 

この間のお盆に帰ってきたときに 見たやろ

 

仏壇のことも お墓のことも 家族みんなが引き継いでる 安心して 

あんたのしてきたこと 言うてきたこと

 

香呂(手に取る)の灰は長男 必ずお参りの日には 綺麗な灰に掃除してある 朝はでけへんから 前の晩どんなに遅く帰っても 香呂の掃除するそうな 奥さん言うてたで

香呂の灰が綺麗と気持ちがええ しゅっと線香が立つがな よし 拝むぞと言う気になる

マッチのかすや 枯れた花びら入ってたら 情けないね 灰の中に線香の芯が残ったり それを綺麗にしてくれてる

 

お花は(手に取る)奥さんが 季節の花を考えて買うてきてくれてる  気持ちいいで 

ええ あんたもええ臭いするし   綺麗やろ 

 

墓参りは家族で お嫁さん小さなセット作って 持って行って 墓の前で話しして コーヒーやお菓子食べて帰ってくる 水かけて線香たてて終わりと違う あんたがしていた通りや 

 

ご飯は奥さん担当やったけれど 最近は時々 あんたの好きなパンに変わったみたいやな まっそれもええやろ 

そういえば今日のお供えは(手に取る) あんたの好きな バターロールと牛乳と 豪華やなイチゴもあるは

 

残った家族の生き方も まぁ心配せんでもええ 

ちゃんと 立派に 生きてはるから

 

この家は いのちがつながってるは

魂が輝いてる お大師様が喜んではる

 

そんなこと言うてたら いつまで経っても 般若心経終われへんがな

あかんあかん お勤めせんと・・・・・

チーーン!

「仏説・・・・・・・」 読み進む 木魚をたたく

観自在菩薩 行深般若・・

・・・・・・・・・

 

金剛流合唱団 いろは歌

1420分頃

住職の話し終わりで(お経を唱えていて 少しずつ声を絞っていく)住職の照明少しずつ切る 金剛流合唱団花道に出る いろは歌  スクリーンおろす

 

続いて スクリーンに映像 ナレーション

いのちをつなぐ

 

真言宗おおさかが考える いのち

いのちは何処から来て 何処へいくんやろ

それは

 

花は 花から来て 花につながっていく 

魚は 魚から来て 魚につながっていく 

そして

人は 人から来て 人につながっていく 

 

いのちは 人が  人から人へ つなげていく

いのちは 人が  人から人へ つなげていく

 

生きていくことは いのちをつなげていくこと

 

いのちが輝くのは 感謝するとき

いのちが輝くのは 生かされていることに気づくとき

いのちが輝くのは 一人ではないことに気づくとき

いのちが輝くのは 花を美しいと見 風を爽やかと観じるとき

いのちが輝くのは 手を合わせ しっかり生きることを誓うとき

 

いのちはそこに見えているだけではない

 

死ぬことは 無くなることではない

奈良国立博物館の西山厚さんは「死ぬとは 先に亡くなった一番大切な人に会えること」 と言う 

 

死ぬことは メッセージ

「見事に死んでみせること」これも先に逝くモノの勤め

「見事に死んでみせること」とは その時まで 生き切ること

 

祀り 拝むことは 気を(かよ)わすこと 生きる道を見つめること

生きている 生きてないにかかわらず いのちはある いのちはつながっている

手を合わし 拝むことで 話ができる 

 

人の命は死んでも いのちは生き続けていく

 

そのいのちを観じたい そのいのちを大切にしたい

 

今 持っている いのちを生かす いのちをつなげる 

 

私たちは 親から貰ったいのちを生かし切ろう

 

お釈迦様の涅槃図(映像)に 雲上のお母さんが描かれている 何故だろう

お母さんは お釈迦様をお産みになられて七日目に亡くなられた

きっと お釈迦様は死に際して 会ったことのないお母さんの夢を見られたのだ 

それでお母さんが迎えに来て下さったのだ きっとそうに違いない

 

私たちも死ぬときには 先祖が 先に逝った 親や 兄弟や 子供が 迎えに来てくれる 

その時に 色々な話しをしてあげよう あなた方から頂いた多くのいのちを 大切にしてきましたと報告をしてあげよう

 

いのちをつなげる いのちをつなげることが 生きていくこと 暮らしていくこと

 

魂の輝きを増す 魂の感動を増す 魂のありがたさを増す

 

それが 生かせ いのち 生かせ いのち 生かせ いのち

 

南無大師遍照金剛

 

参考文献

鎌田実 「いのちの対話」「あきらめない」「がんばらない」

西山厚「仏教発見」

大下大圓「いい加減に生きる」

ライフデザインセンター「旅立ちエンディングノート」

ギャラリー葬送博物館 出口明子「さよならのデザインノート」

NALC企画室「ナルク エンディングノート」

井上治代「新・遺言ノート」

ありがとうの心新聞

日本人のあの世観 梅原猛

仏教38 墓と葬式の自由 法蔵館